上野千鶴子の「恨み節」炸裂。
思想地図のVOL.3が面白かったので、VOL.2も読んでみた。VOL.2は分厚くて、まだ全部は読んでいない。ぼちぼち読んでいる。
思想地図 VOL.2
今回取り上げるのは上野千鶴子である。
上野千鶴子と北田暁大の対談が収録されていて、それがものすごいことになっている。上野千鶴子の被害者意識と冷酷さと自我が爆発している。世の中にたいする恨みが、ものすごい勢いで火山流のようにあふれ出し、火のような言葉となって呪いのオーラを振りまいている。やはり、上野千鶴子は世の中に対する恨みを駆動力にして、仕事をしてきたんだと妙に納得できた。
「世代間対立という罠」 上野千鶴子インタビュー 聞き手北田暁大
話のとっかかりは、東浩紀の書評である。その短い文のなかで、東は「団塊世代(の女性)は個人主義を貫けばよい、死後に財産を残すなど考えずに幸せに邁進せよ」という上野の主張に対して、違和感を訴えている。(1)上野の主張は既得権への居直り、(2)団塊ジュニアの老後は冷淡には突き放した、(3)上野はこうした問題を自覚していないわけはない、ということである。

北田のインタビューは、この東の批判に上野が答えるという形をとっている。上野はそのなかで、自分たちが被害者であると強く訴えている。とくに女性は被害者であるという。たしかに、それは理屈の上では正しいかもしれない。しかし、世代論というのは自己の利益だけで議論してはいけないものだ。人間にとって世代の再生産は使命のようなもので、そこには贈与がかかわっていると思う。おそらくそれは純粋贈与だ。それは利害損得だけでは議論できないテーマなのだ。そうした超・利己的な視点が上野には欠落している。
上野は、団塊の世代が社畜となって働いてきたといって、自分たちは被害者だという。しかし、そうやって社畜として働いたことによって、社畜になるしかない社会を固めたのは団塊の世代であり、なおかつ、その社畜システムのなかに、負の贈与を次世代に回す仕組が埋め込まれていたため、現在の世代が割りを食っているのである。上野は現在の窮状をつくったのが団塊の世代をはじめとする上の世代であることについての自覚がまったく欠如している。
しかし、東が鋭く指摘したように、上野はそれらをわかっているのだ。このように考えると、おそろしいことが判明する。『おひとりさまの老後』において、上野は恨みの感情を表向きは完全に隠蔽し、同世代と連帯するという形をとっている。しかし、それは偽装であって、じつは次世代に何も残さないことによって、世の中に敵討ちをしようとしているのだ。これは、怨恨と敵討ちの本である。あな、おそろしや、おそろしや。
上野千鶴子の最悪の面が出た、逆説的に最高のインタビューだ。
★★★★★ 上野ファンは読んじゃダメ。がっかりします。
●関連エントリー
アーキテクチャという新しい権力の形。
思想地図 VOL.2
特集・ジェネレーションI 家族の現在
毀れた循環 本田由紀
それでも、家族は続く 信田さよ子II 労働と創造の新しい関係
ゲームプレイ・ワーキング 鈴木健
対抗的創造主義を生きよ! 橋本努
民主主義のための福祉 田村哲樹
私小説的労働と組合 大澤信亮III 世代論をどう捉えるか
世代間対立という罠 上野千鶴子インタビュー(聞き手・北田暁大)
<ジェネレーション>を思想化する 天田城介
「総中流の思想」とは何だったのか 森直人特集・胎動するインフラ・コミュニケーション
[座談会]ソシオフィジクスは可能か 東浩紀+北田暁大+西田亮介+濱野智史
ニコ二コ動画の生成力 濱野智史
<社会>における創造を考える 西田亮介
[座談会]再帰的公共性と動物的公共性 東浩紀+大屋雄裕+笠井 潔+北田暁大[特別掲載]「市民性」と批評のゆくえ 入江哲朗
今回取り上げるのは上野千鶴子である。
上野千鶴子と北田暁大の対談が収録されていて、それがものすごいことになっている。上野千鶴子の被害者意識と冷酷さと自我が爆発している。世の中にたいする恨みが、ものすごい勢いで火山流のようにあふれ出し、火のような言葉となって呪いのオーラを振りまいている。やはり、上野千鶴子は世の中に対する恨みを駆動力にして、仕事をしてきたんだと妙に納得できた。
「世代間対立という罠」 上野千鶴子インタビュー 聞き手北田暁大
話のとっかかりは、東浩紀の書評である。その短い文のなかで、東は「団塊世代(の女性)は個人主義を貫けばよい、死後に財産を残すなど考えずに幸せに邁進せよ」という上野の主張に対して、違和感を訴えている。(1)上野の主張は既得権への居直り、(2)団塊ジュニアの老後は冷淡には突き放した、(3)上野はこうした問題を自覚していないわけはない、ということである。

北田のインタビューは、この東の批判に上野が答えるという形をとっている。上野はそのなかで、自分たちが被害者であると強く訴えている。とくに女性は被害者であるという。たしかに、それは理屈の上では正しいかもしれない。しかし、世代論というのは自己の利益だけで議論してはいけないものだ。人間にとって世代の再生産は使命のようなもので、そこには贈与がかかわっていると思う。おそらくそれは純粋贈与だ。それは利害損得だけでは議論できないテーマなのだ。そうした超・利己的な視点が上野には欠落している。
上野は、団塊の世代が社畜となって働いてきたといって、自分たちは被害者だという。しかし、そうやって社畜として働いたことによって、社畜になるしかない社会を固めたのは団塊の世代であり、なおかつ、その社畜システムのなかに、負の贈与を次世代に回す仕組が埋め込まれていたため、現在の世代が割りを食っているのである。上野は現在の窮状をつくったのが団塊の世代をはじめとする上の世代であることについての自覚がまったく欠如している。
しかし、東が鋭く指摘したように、上野はそれらをわかっているのだ。このように考えると、おそろしいことが判明する。『おひとりさまの老後』において、上野は恨みの感情を表向きは完全に隠蔽し、同世代と連帯するという形をとっている。しかし、それは偽装であって、じつは次世代に何も残さないことによって、世の中に敵討ちをしようとしているのだ。これは、怨恨と敵討ちの本である。あな、おそろしや、おそろしや。
上野千鶴子の最悪の面が出た、逆説的に最高のインタビューだ。
★★★★★ 上野ファンは読んじゃダメ。がっかりします。
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NAME:蝉丸
PROFILE:自宅警備員
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